【長編】 エス-名も無い記憶- 二@souhyouuto


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//第一章 2



いつだっただろうか、ファミリーの一人が、見知らぬ大人を連れてきた。
名前はシュウといった。
白い髭の老人には、不釣合いな名前だと思った。
西の国から来たというシュウは、薄汚れた黒いローブに身を包んでいて、しわの刻まれた指には綺麗な装飾がされた指輪がいくつもあった。僕らはシュウの格好をしげしげと眺めながら、彼が普通の大人ではないことをなんとなく感じていた。
それから何日も、シュウは鉄柵の向こうに帰らずに僕らといた。それはとても珍しいことで、「もしかしてシュウも捨てられちゃったの?」と聞くと、シュウは笑って誤魔化した。

シュウは、よく旅先の話をしてくれた。
湖に沈んだ古代都市の話だったり、氷の国に住み着く人食い鬼の話だったり、子供をさらって食べてしまう蜘蛛女の話だったり、世界を造った神様の話だったり……、すべてが僕らにとって夢物語のようだった。あまりにもたくさんの語をしてくれたから、そのほとんどは忘れてしまった。けれど一つだけ、はっきりと覚えている話がある。確か、シュウから聞いた最後のお話だった。
僕らはホームの傍にある、いつもシュウが寝泊りしていた部屋に集まって寿司詰め状態で話を聞いていた。今にも朽ち果てそうなベッドに座り、シュウは笑っているのに楽しそうではない表情を浮かべて、僕らの様子を観察していた気がする。

「そうだな、今日は『神の口』の話をしてあげようか。これを聞いたのはどこだったか……。確か、ここから北にだいぶ行ったところにある国だったかな。
その国はある年凶作に見舞われて――あぁ、凶作っていうのは、天候に恵まれなくて作物が取れなくなることだ。この国では滅多にないらしいが。それで、国中の人たちが何日も何日も神様に『助けてください』って頼んだのさ。するとどうだ、神様の答えかはたまた偶然か、ある日突然地面が大きく裂けて、深い溝ができたそうだ。その国一番のシャーマン――シャーマンっていうのは、神様と会話ができる人のことだ。その人が『神のお告げだ』と騒いでね、その溝は神の口と呼ばれるようになった。そうしたら、次に人間は何をしだすと思うかい。……生け贄さ。まだ幼い子供たちを、神様への贈り物だと言って、その溝にたくさんの装飾品をつけて、落としたそうだ」

シュウは僕たちに馴染みがなさそうな単語を口にするたびに、なるべく分かりやすく噛み砕いてくれた。それでも分からずに首をかしげる僕と目が合っては、くすりと口元に微笑みをたたえていた。

「人間ってのは追い詰められるとどうにかなってしまうのさ。どこの国でもそれだけは変わらない。そこの人々は、国中から子供がいなくなるまで、儀式を続けたそうだ」

それで儀式は終わったのと、先を急ぐ誰かが尋ねた。

「いや、終わらなかったよ。それどころか、今度は若い女達を生け贄にしたのさ。これがどういうことになるか分かってなかったのかね。若い女子供がいなくなって、次に差し出すのは若い男か老人か悩んでいる時だった、誰かがふと言ったそうだ。『神は私達に何かしてくれたか』と。
その通り、神様は彼ら対してに何もしてはくれなかった。人口が減ったせいか、食料にはある程度困らなくなったそうだがね。私たちから見たら正論だけど、その国の人々にしてみれば神様への冒涜だったんだろう。彼は次の日には生け贄にされたそうだ。
子供たちの時に金の装飾品を使い果たしてしまった人々は、しぶしぶ銀を、それがなくなれば銅を使った。そうしていつしか老人が溢れて、抵抗する生け贄を押さえつけることができなくなった頃、神の口が震えだしたそうだ。国中が大きく揺れて、人々は立っていることができなくなった。多くの建物も崩れ去り、それに巻き込まれて死んだ人もいたそうだ。今まで神様を信じていなかった人間もこれには腰を抜かしてしまって、自分から神の口に飛び込んだ人間もいたらしい」

それって、地震じゃあないの、と誰かが言った。
地震が何か分からず反対側に首をかしげる僕を目尻で追いながら、シュウは再び口を開いた。

「あぁ、その通りだ。でも、その国には地震がほとんどなくて、神様の仕業だとしか思えなかったそうだ。皮肉なものだね。そうして、国からは人間がほとんどいなくなったそうだ。だけど、神様を信じない人間もいたんだ。彼らは生贄騒ぎが始まった頃に国を出て、外からその様子を見守っていたと聞いた。そんな彼らが国に戻り始めた頃、神の口がすっかり消え去ってしまったそうだ。まだ国に残っていた人間は、さぞかし落胆しただろうね。それと同時に雨が降り出した。ただの偶然か、それとも神様の慈悲か……、それでも残った人々は喜んだ。『待ち望んだ雨が来た』ってね。神の口が閉じても、作物が再び採れるようになっても、国は人口がとても少なくてね、旅人を移民として受け入れ始めたんだ。私もその国に半年くらいいたんだ。そこで出会った商人に、この国のことを聞いてやってきたのさ」

「ふぅん」「かみさまって本当にいるの?」「ね、もっと面白い話してよ」
まだ眠りこけていない子たちが、口々にシュウに詰め寄る。シュウは長い髭を梳きながらくつくつと笑った。

「そうだな、面白い話はまた明日してあげよう。その前に、君達は寝なければいけないだろう」

「えー」
「まだ大丈夫だよ!」
「ほらほら、蒼に怒られるのは私なのだから、さっさと寝ること。いいね」

シュウがそう言うと同時に、一緒に話に聞き入っていた蒼がはっとして皆を自分の部屋へと追いやり始めた。気持ちよく眠っていた子たちも同じ部屋の誰かに掴まりながら、またねー、おやすみと帰っていく。よく最後まで残っていた僕と柴は、シュウに背中を押されて部屋の外へ追いやられた。何度も「早く寝るように」と釘をさされて。



空が重い色をしていたある日、シュウが僕と蒼を散歩に誘った。
僕は蒼に文字や計算を教えてもらっていた最中だったから、むすっとした顔をシュウに向けた。蒼は「ちょうどいい、一息入れましょう」と、渋る僕を引っ張った。
シュウは、僕らの二、三歩前を歩いていた。いつもホームの近くにしかいたことがないせいか、行く先々の人や建物を珍しそうに見ていた。僕はここに来て数日中にファミリーの皆に鉄柵内を連れ回されたから、珍しくも何ともなかった。
道なりにあてもなく歩いている間、シュウがいくつも質問をしてきた。いつここに来たのか、それまでは何をしていたのか、将来の夢はあるのか、今一番何がしたいのか……、最終には、ここを出れるとしたら何がしたいか、と聞かれた。蒼は見たこともなようなキラキラした顔で、もっとたくさんの知識を得たいと答えた。僕は、何も答えなかった。

しばらく歩いていると、雨が降り出してしまった。僕らは近くの軒先に逃げ込んだ。ボロボロの布が隣の建物まで引っ張られているだけだったが、なんとかしのげそうだ。しばらく止みそうにない雨の中、蒼が口を開いた。

「あの、シュウは何しにこの国に来たんですか」

シュウは少しだけ、本当に少しだけ考えた後に笑って答えた。

「弟子を探すためだよ」
「何の弟子なの」
「そうだな……、君達になら、話してもいいか」

シュウは悪戯っぽく笑った。そうして僕と目線が合うようにしゃがんで、ごつごつした手で両腕をやさしく掴んだ。

「実はね、私は魔道師なんだ」

一瞬、シュウはこの国生まれの妄言老人なのではないかと思ってしまった。それは蒼も同じだったようで、僕らは顔を見合わせた。

「そんな顔をしなくてもいいだろう……別に嘘は付いていないぞ」

『魔道師』なら、下級民出身の僕でも知っている。いつだったか祖母が教えてくれた。この世には神様の力を借りれる人たちがいて、その中でもとくに神様に愛された人たちだけが、奇跡を自在に起こせる『魔導師』になれるそうだ。あなたがいつか彼らに会うことがあったら、きっと奇跡で母親を見つけてくれるかもしれない――、そんな夢物語とともに。
なんて言えばいいのか戸惑っている僕の隣で、蒼がいつもの表情で口を開いた。もしシュウの言っていることが本当なら、誰にも知られないうちにこの国から出たほうがいい、と。この国の王は国民を商品としてしか見ていないような奴だとも言った。僕は言葉の真意が分からずに蒼の顔をまじまじと見ていたが、シュウはすべて分かっているような声色で、うんうんと頷いた。そして「いいかい」と前置きしてから、小さな声で話し始めた。

シュウがまだ若く、自分の故郷にいた頃――、一人の老人と会った。彼は世界中を練り歩くサーカス一座の座長として団員を携えてやってきたが、本当は魔道師で、弟子になれる者を探していると言った。まさに、今のシュウと同じことをしていたのだ。
自分の国に嫌気が差していたシュウは、魔導師に頼み込んだらしい。自分を弟子にしてくれ、と。
魔導師はシュウの素質を見抜いてはいたが、少しばかり悩んだそうだ。だが自分の命が長く持つとは限らないと言って、シュウを弟子として向かえた。そうしてシュウは、サーカス一座と共にさまざまな国を旅しながら、魔道師としての勉強をしてきた、と。
そこまで話し終えて、シュウは再び僕らに笑顔を向けた。

「君達なら、優秀だし……、きっとよい弟子になるとおもうんだ。どうかな」
「僕ら、二人だけですか」
「……そうだな、紅と紫もだ。彼らもいい子達だからね」

蒼は、まるで神様か何かに出会ったような顔をして、大きく首を縦に振った。僕はシュウから視線を外して、まだ降り続ける雨を水たまり越しに見た。なんとなく、ファミリーが欠けていく理由が分かった気がした。



あれからしばらくの間、シュウに旅の話をねだることはしなくなった。紅や柴に誘われても、適当に断って部屋からぼんやり夜空を眺めていた。窓から顔を出すと見えるシュウの部屋の灯りは、シュウが他の子たちに話をしてあげていることを示していた。
僕は窓から数歩離れて、ぐしゃぐしゃに敷き詰められている布の山に寝転がった。頭の中は、今日教えてもらった文字と、シュウの言葉とで混乱していた。夜風と布に絡まってどこかにで行ってくれればと期待していたが、どうやら無駄らしい。
そのまま寝てしまおうと体勢を変えると、部屋の入り口に立つ柴と目が合った。

「よぉ、翠。ちょっといいか」

いつもはしない気まずそうな顔から、話の内容は分かってしまった。僕は寝転がっている隣を左手で叩いた。紫は人一人分あけて、壁際に座り込む。風がカーテンを揺らす音が、鮮明に聞こえた。

「旅の話、聞きにいかなくていいのか? すげー楽しみにしてたじゃん」
「……、それは柴もだよ」
「そっか、うん、そうだよな。……シュウから、あの話、聞いたんだろ」
「うん。ちょっと前に」
「……どう、するんだ」
「わかんない」

紫の言葉は、怯えているように途切れ途切れに放たれた。
この国から一歩も外に出たことがない僕らにとって、この選択は命に関わるものだった。きっと死んでいくだけなんだろうと思って入った鉄柵の中で、様々な施しを受けながら生き永らえてきた僕らにとっての、初めての賭けだった。

「オレ、行ってみようと思うんだ」

だいぶと経って、紫が言った。僕は紫の表情を見ようとしたが、ちょうど影になっていて見えなかった。

「紅も言ってたぜ。必要とされてるなら、付いて行ってもいいかもしれない、ってさ」
「紅も、行くんだ」
「……蒼が行っちまうからな」

なんとなく予想はしていたけれど、紅にとっての神様はシュウじゃなくて蒼らしい。

「……、蒼がいなくなっちゃったら、ファミリーはどうなるの?」
「ん? あーそっか、おまえ蒼しか『長男』しらねーもんな。大丈夫だよ。蒼の前にも『長男』がいてさ、そいつもこっから出ることになったから、一番しっかりしてる蒼に変わったんだ。その前は『長女』がファミリーを仕切ってたらしいぜ」

「会ったことはねーけど」と柴がいつもの顔で笑った。
その笑顔に少しだけ元気が出て、僕も口元だけで笑ってみた。
家族に必要とされず、捨てられたせいかもしれない。
心のどこかで、暖かい家族を夢見ているせいかもしれない。
どちらにせよ、僕には……。
シュウの話が終わって、いつも通り蒼に追いやられた子たちが部屋に戻ってくるまで、僕らは空の星を数えて過ごした。こうして紫と何もしないでいられるのも、今日が最後かもしれないな、と心の隅で感じながら。





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