まだらのゆめ@souhyouuto

小噺20150723



※本編とはなんら関係ありません。




***



子供が泣いていた。
なにもない空間でただ一人、あふれ出る涙を流すまいと顔をゆがめて座りこんでいた。

斑はその子供を見た瞬間に理解する。
ああ、小さいころの自分か、と。
さっきまでシャツ一枚で布団に包まっていたはずなのに、ふと頭を下げればいつものスーツとすり減ったブーツが視界に入ってくる。しっかり仕事道具まで担いでいることに気づいて、やれやれ、こんなところでまで仕事はしたくないなとため息をつく。

「ねえ、君」

カツンと靴を鳴らして、少女に近づく。
一歩踏みだすと、靴底が水を跳ねた。
もう一歩進むと、無機質なコンクリートの壁が二人を囲むようにあらわれた。
さらに一歩近づくと、土と草と、鉄の臭いが眼の奥を揺らした。

「そんなところで泣いて、何になるの」

少女は清潔そうな白い衣服に身を包んでいて、あまり日に焼けていない白い肌に黒い髪がよく映えていた。
斑を映す、怯えたような、それでいて無関心な少女の視線にもう一度問う。

「声も出さずに泣いて、君は何がしたいの」

がまんしてる、と、しばらくの間の後に少女は答えた。
問われたから仕方なくそれっぽい答えを出しました、というような声で。

「……ふうん」

斑は少女の座っている塀の下にスーツケースを――底が水にすっかり浸ってしまうのも気にせずに置いて、その上にすとんと腰かけた。
コンクリートの壁はどこまでも続いているように思えたし、どこかで崩れているようにも思えた。爪でひっかくとぽろぽろと細かな砂になる。背中を預けていても温度を感じることはできないのに、目の前に広がる年月の経ったがれきの草原からは、鮮明な匂いを感じることができる。
望んでいるのだろうか、と斑は自分に問いかける。

(“あの場所”がこうなっていることを…? それとも畏れているのか、夢の中でも)

「ねぇ」

ふと、頭上の少女から声をかけられた。
斑が顔を上げると、ちょうど逆光で少女の表情は見えない。

「いきててたのしい?」
「は?」
「たのしいことはある?」

あいかわらず少女の表情は見えない。
少女の目を見ているはずなのに、視線がかち合わない。

「……、君よりは楽しんでると思うよ」
「すきなひとはいるの?」
「いるよ」
「どんなひと?」
「……よく知ってる人だよ。君のことを、世界で三番目に愛してくれる人さ」

いいな、とどこからともなく声が聞こえた。
逆光で隠れた少女の顔を見ているはずなのに、まぶしさなんてみじんも感じていない。少女の顔が暗くて見えないだけだ。草木で隠された廃墟と、少女の座っている塀とで場面があわただしく入れ替わる。
斑は、もうすぐ自分の目が覚めるのだと感じていた。

「ちょうだいよ」
「わたしにはないもの、ぜんぶちょうだい」
「いいな、たのしそうでいいな」

腰かけていたスーツケースを踏み台にし、背よりずっと高い塀の上に飛び乗る。
座る少女の胸倉をつかみ、虚空のような暗闇をあざ笑う。




「……、おい、斑! おーい、起きんか、こら」

セリフとは正反対に、優しい手のひらの温度に目が覚めた。
目を開けると、しかめっ面をした久万が片膝をついて斑の頭を撫でていた。

「……、む」
「うなされてたぞ、めずらしいな」

朝飯食うだろ、なんてしかめっ面のまま笑う久万につられて、斑もふっとほほ笑む。

(―ー久万さんは誰にも渡すもんか)

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